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大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)2687号 決定

申請人 今井直忠

〈ほか一一名〉

右申請人一二名代理人弁護士 津留崎利治

被申請人 都住創森の宮プロジェクト建設組合

右代表者代表理事 富田進吉

〈ほか一名〉

右被申請人両名代理人弁護士 葛原忠知

同 藤田整治

同 菅生浩三

同 佐野久美子

同 川本隆司

同 中村成人

主文

申請人らの本件主位的申請及び予備的申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

(当事者双方の申立)

申請人らは主位的に「被申請人らは別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という)の建築工事をしてはならない。執行官は前項の命令の趣旨を公示するため、適当な方法をとらなければならない。」との決定を求め、予備的に「被申請人株式会社谷安組(以下「谷安組」という)は本件建物の内、平均地盤面より高さ一七メートルを超える部分(七階一〇八・九三平方メートル、塔屋一一・五六平方メートル)の建築工事をしてはならない。被申請人都住創森の宮プロジェクト建設組合(以下「組合」という)は自ら右部分の建築工事をなし、または第三者をしてこれをなさしめてはならない。」との決定を求めた。

被申請人らは主文と同旨の決定を求めた。

(当裁判所の判断)

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料並びに主張及び疎明の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

1  被申請人組合は、七名の組合員及びその家族が居住するための七世帯共同住宅建設を目的として結成されたもので、本件土地を右組合員らで共同購入したうえ別紙本件建物概要のとおり、共同住宅の建築計画を作成し、これが建築関係行政諸法規に適合したものとして建築確認を受けて本件建物を建築しつつある施主であり、被申請人谷安組は、本件建物の建築工事の請負人である。

申請人今井直忠(以下「今井」と表示し、その余の申請人らも姓だけで表示する。)は、本件土地の真北に隣接する別紙物件目録三記載の土地(以下「北隣地」という)及びその地上に同目録四記載の建物(以下「本件アパート」という)を所有しているが、居住はしておらず、その余の申請人らは本件アパートに別紙図面(一)の区分で賃借して居住している。

2  申請人らの本件アパート居住部分の開口部は、別紙図面(二)のとおりであるが、一階及び二階の各開口部が各居室への日照のうえで主要な開口部(以下単に「主要開口部」という)となっており、その余の開口部は、風呂または便所のもので通風を主目的とするものである。申請人ら居住部分の主要開口部における冬至の午前八時から午後四時までの間の従前の日照時間(以下、限定を加えずに「日照時間」という場合は、冬至における午前八時から午後四時までの間の日照時間を意味する)は、別紙日照時間一覧表記載のとおりであったが、本件建物が計画通り完成した場合には同表記載のとおりの日照時間となることが予想され、本件アパートに居住する申請人らは多いところで八時間、少ないところで一時間未満の日照阻害の被害を受けることとなる。

また、本件建物の高さは、七階までで一九・八メートル、塔屋まで含めると二四メートルあり、本件建物と本件アパート主要開口部との間隙は広いところで約五メートル六〇センチメートル、狭いところで約三メートル一六センチメートルであるから本件建物が計画通り完成すれば、本件アパートに居住する申請人らが多少の圧迫感を受けることは避け難いものと推測される。

3  本件建物を六階建にした場合、申請人ら居住部分の冬至における日照阻害は、ほとんど回復されず、五階建にした場合も、冬至において平均地盤面より高さ四メートルの地点で申請人角石居住部分の日照阻害が約一時間程回復されるのみで、その余の申請人ら居住部分の日照阻害はほとんど回復されない。(なお、いずれの場合も春秋分については、被害回復を疎明する資料がなく、不明である)また、四階建にした場合も申請人ら居住部分の春分における日照は相当程度回復されるが、冬至の日照阻害はあまり回復されない。一方、本件土地取得費が約一億三〇〇万円、本件建物の建築費が約一億五〇〇〇万円を要するところ、組合員の費用負担を考慮して七名で組合を結成することが必要であったが、本件建物の階数を削減すれば、その分住宅の戸数がなくなり、組合の性質上削減階数分だけ組合員が脱退せざるをえず、そうなれば残余の組合員の費用負担が増大して負担能力を超える結果となり、組合として本件建物の建築を断念せざるをえなくなるおそれがある。

4  本件土地及びその周辺は、都市計画上住居地域に指定されており、本件土地における建物の建築については、建ぺい率六〇パーセント、容積率三〇〇パーセント等の規制を受けるが、北隣地の日照を保護するための日影規制はない。都市計画法による用途地域の指定に際し、大阪市東区は、そのほとんどの地域が商業地域に指定されたが、本件土地周辺は、住宅または職住一体の町家が多かったために住居地域の指定を受けたものの、その後街区の様相も変化し、一方では学校、公園、神社などが付近にあって文教地区の様相を残しつつ、他方で中高層の商業ビルや集合住宅が増え、現に本件土地の半径二〇〇メートル以内には、上町ロングピア(六階建)、城南ハイツ(五階建)、ハイマート清水谷(七階建)、幸栄ビル(五階建)、平和ビル(五階建)、サンシャトー上町台(七階建)、栄芳ビル(五階建)、大川ビル(五階建)、玉堀シャトー(六階建)、SPセンター(五階建)等の中高層建築物が存在している状況で、土地の有効利用のため将来さらに中高層化が進むことは避け難い。また、本件土地周辺の敷地の形状をみると、本件土地が南北約八メートル、東西約二九メートル、北隣地が南北約一二メートル(一部約九メートル)、東西約二九メートルの細長い土地で、本件土地の並びには右のように東西に細長い矩形の土地が南北に並び、道路を挾んだ西側も同様の状態であり、これらの土地上に建物を建てようとすれば、その敷地の形状からして南北隣地の建物とは相当接近して建てざるをえず、南側から日照、採光を得ようとすれば、南側に十分な空地を残すか、中層以上の建物にするしかない。

5  被申請人組合は、昭和五八年六月に第一回近隣説明会を、同月二五日に第二回近隣説明会を持ち、本件建物の建築についての理解、協力を求めたところ、七月に半入町会長、同町振興会長、本件土地の南側隣地に居住する神田利治及び申請人角石他一八名(この中には角石を除く申請人らは入っていない)らが工事による迷惑料、日照被害の補償等を要求し、これに対し被申請人組合は、工事迷惑料として右神田に対し金一五万円、本件アパート居住者に対し合計金二〇万円を支払うこと、申請人らを除く他の近隣住民には日照被害の補償をしない(申請人らとは別途協義する)が、電波障害、プライパシー侵害、風害については誠実に対応することを内容とする回答をした。さらに、申請人組合は、同月一一日申請人今井、同山田を除く申請人らとの間で話合いを持ち、本件アパート居住者に対する工事迷惑料については合計金二四万円を支払う予定であり、日照被害の補償については工事迷惑料とは切りはなして申請人今井、同角石と協議する等の内容の提案を行ない、申請人らの理解と協力を得るため一応の努力はした。

以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。

二  申請人今井を除くその余の申請人らは、本件建物が計画通り完成すれば、申請人ら居住部分の日照が阻害され、また著しい圧迫感を受けるなど回復し難い損害を蒙ることになるとして本件建物の建築工事の差止(予備的に七階以上の建築工事の差止)を求めるが、自らの所有地と建築物を構築することは、所有権の範囲に属し、原則として自由に行なえる行為であるから、事前にその行為の差止まで許容するためには、単にその侵害が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えた(この場合には金銭賠償によって満足すべきである)というに止まらず、右受忍限度の逸脱が特に著しいと認められる程に違法性の強い場合であることを要するものと解すべきであるから、以下、この観点から検討すると、前記認定事実によれば、申請人今井を除くその余の申請人らは、本件建物の完成により、程度の差はあるが日照阻害や圧迫感の被害を受け、特に申請人角石、同中村、同黒田、同北村は、従前冬至において午前八時から午後四時まで八時間あった日照が、本件建物の完成によりほとんどなくなり(中村、黒田は終日日影になる)、日照阻害の程度は必ずしも小さいものであるとはいえないが、申請人らは本件アパートに賃借して居住しているものであって、仮に本件アパートが右日照阻害等により居住に適しないと考えた場合には、建物を所有しそこに居住する者に比して転居することが必らずしも困難ではないことに加え前記認定の本件土地周辺の地域性、被申請人側の加害回避の困難性、被申請人組合の目的の非営利性、当事者の交渉経過等の諸般の事情を総合考慮すると、申請人今井を除く申請人らの日照阻害及び圧迫感の被害は、いまだ本件建物を計画通り建築することを許容できない程度に著しく受忍限度を超えているものと認めることはできない。

三  申請人今井は、本件建物が建築された場合、同人所有の北隣地が日照阻害を蒙り、地価が低下するというけれども、地価の低下は単なる可能性をいうに止まり、これを裏付けるに足る疎明資料は見当らない。

また、申請人角石は、本件アパート全体を同今井から賃借し、これをその余の申請人らに転貸して賃料収入を得ているところ、本件建物の建築により本件アパートが日照阻害を蒙り、賃料収入が減少するに至るというけれど、右主張を裏付けるに足る疎明資料は見当らない。

四  してみれば、本件主位的及び予備的申請とも結局その被保全権利について疎明がないことに帰するところ、疎明に代る保証を立てさせて右申請を認容することも適当とは認められないから、本件主位的及び予備的申請はいずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松本史郎)

〈以下省略〉

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